上場するためには、上場の申請書類の決算書に監査法人の監査報告書が必要になります。
監査法人では、現在人手不足が深刻化しているため、上場を目指す企業の監査を受嘱する際に、上場確度や上場するまでにどれくらいかかりそうなどを考慮して、監査契約を締結することが多くなっています。そんな監査法人が見極める第一歩がショート・レビューです。ショート・レビューでは、さまざまな課題が出てきますが、会計の専門家である監査法人からは特に会計の課題事項が多いです。会計の課題事項はすぐに解決できるものもありますが、慣れていない会社では解決に時間を要することも多くあります。
監査法人によるショート・レビューの結果、監査契約を締結できない、監査契約を締結できたとしても永遠のN-2期と呼ばれる上場のための次のステップに進めない事例がとても多いです。
ショート・レビューの前に頻出する課題事項を認識し、整理することは上場への道のりをスムーズにするためにも、またコスト削減にも繋がります。
ショート・レビューで頻出の会計課題10選はこちらです。
①貸倒引当金の計上
【上場を目指す会社でよくある現状】
税務基準に基づき貸倒引当金を計上しているor貸倒引当金を計上していない。
【上場会社に求められること】
金融商品会計基準に基づき、貸倒引当金を計上。
【内容】
上場企業では、金融商品会計基準に基づき、
・一般債権
・貸倒懸念債権
・破産更生債権
に区分の上、貸倒引当金を計上することが必要です。
区分は、金融商品会計基準を参考に、各社の実態に応じて規程を定めて、規程に基づき会計処理することが必要です。
②棚卸資産の評価
【上場を目指す会社でよくある現状】
最終仕入原価法を採用している。
【上場会社に求められること】
先入先出法や移動平均法などによる評価が必要。
【内容】
商品の販売単価を決定する際に、棚卸資産の評価に関する会計基準上、最終仕入原価法は原則として認められておらず、先入先出法や移動平均法などによる評価が必要です。
棚卸資産の評価方法として、最終仕入原価法が認められるのは、期末の棚卸資産に重要性が乏しい場合の限定された時のみです。そのため、金額的に重要性が高くない場合や貯蔵品などの限定した場合に限られます。
③固定資産の減損の検討
【上場を目指す会社でよくある現状】
固定資産の減損の検討をしていない。
【上場会社に求められること】
固定資産の減損検討を行う必要があります。
【内容】
固定資産の減損は税務上は損金不算入となることから、上場を目指す会社のほとんどでは実施されていないです。固定資産の減損は、減損を検討する固定資産のグループ単位をどうするか、兆候判定、認識判定などステップが多岐にわたり、また確定したものではなく、見積の要素が多いため、実務上工数が要することが多いです。
④資産除去債務の計上
【上場を目指す会社でよくある現状】
資産除去債務の検討をしていない。
【上場会社に求められること】
資産除去債務の計上を行う必要があります。
【内容】
資産除去債務は税務上は不算入となることから、上場を目指す会社のほとんどでは実施されていないです。実務的に多い場合として、オフィスの賃貸等を行っている場合で、仕切り工事などを行い建物附属設備などがあり、賃貸借契約上原状回復義務がある場合、資産除去債務を計上することが必要ですが、資産除去債務を計上していないことが多いです。資産除去債務の見積には、原状回復金額の見積が必要であり、工事業者への問い合わせや過去実績に基づく整理など見積要素が多く、外部への依頼を必要とする可能性があるため、実務上時間を要することが多いです。
⑤ソフトウェアの資産計上
【上場を目指す会社でよくある現状】
税務基準に基づきソフトウェアを資産計上している。
【上場会社に求められること】
研究開発費等に関する会計基準に基づき資産計上を行う必要があります。
【内容】
IPOを目指す企業の多くで、ソフトウェアで論点になるのが、「自社利用のソフトウェア」です。「自社利用のソフトウェア」の資産計上に関し、税務基準と会計基準は真逆ともいえる考えになっています。
資産計上する判断はそれぞれ
・税務基準=収益獲得や費用削減効果が確実にないといえない(基本的に資産計上する必要がある)
・会計基準=収益獲得や費用削減効果が確実(資産計上するためには資料等で整理が必要)
となっています。そのため、税務基準に基づいており、会計基準要件を満たさない場合には、会計上はソフトウェアの資産計上をせず、税務上のみ資産計上を行うことになり乖離することが考えられます。
⑥繰延税金資産の計上
【上場を目指す会社でよくある現状】
繰延税金資産の検討を行っていない。
【上場会社に求められること】
繰延税金資産の検討を行うことが必要。
【内容】
なお、繰延税金資産の計上が結果的に必要ない場合にも、検討自体は行うことが必要です。
⑦賞与引当金の計上
【上場を目指す会社でよくある現状】
賞与について現金主義で費用計上。
【上場会社に求められること】
賞与について発生主義で費用計上。
【内容】
引当金計上の4要件に基づき、賞与について引当金を負債計上することが必要です。その際に対応する社会保険料に関しても見積費用計上を行うことが必要です。なお、賞与の実態に応じて、賞与引当金ではなく、未払金や未払費用として計上を行うことも考えられます。
⑧新株予約権の会計処理
【上場を目指す会社でよくある現状】
新株予約権の計上が適切にされていない。
【上場会社に求められること】
ストック・オプション等に関する会計基準に基づき会計処理を行う必要がある。
【内容】
スタートアップにおいては、会社への貢献インセンティブを高めるための一つとしてストック・オプションが利用されます。ストック・オプションに関し、自社の株価ー権利行使価格である本源的価値がプラスとなる場合、株式報酬費用が発生することになります。
⑨収益認識基準の検討
【上場を目指す会社でよくある現状】
収益認識基準が検討されていない。
【上場会社に求められること】
収益認識基準と照らし合わせた検討が必要です。
【内容】
収益認識基準に照らし合わせた検討を行う中で、売上の計上方法について変更となることが多いです。売上計上方法の変更は会社の業績への影響も大きいため、整理を行うことが重要です。監査契約締結後において、監査法人との協議をもとに決定されることが多いですが、監査法人に任せる形で行うと検討に時間を要することが多く、また、会社側の方がより実態を把握しており、各種取引に関する契約書等を持っていると考えられるため、会社手動での整理を行うことが結果的に効率より、また過度に保守的にもならずに良いと考えられます。
⑩原価計算の会計処理
【上場を目指す会社でよくある現状】
原価計算が行われていない。
【上場会社に求められること】
原価計算を行う必要がある。
【内容】
原価計算は、会社の実態に応じて方針決めから行うことが必要であり、時間を要し、また原価計算に関連する部署に協力を求めることが必要になることが多いです。
これ以外にも、労働保険料の会計処理や、勘定科目の整理など会計の論点事項は沢山あります。
それぞれの詳細な課題及び実務上の対応策を各記事でまとめていますので、詳細はそちらをご覧ください。