IPO(上場)する際に必須となる監査法人による監査。
しかし、監査法人を普段付き合いがなく、どのように選べば良いか分からないことも多いと思います。
そこで、監査法人を選ぶポイントをまとめました。
時間のない方は、③をご参考ください。
① 自社を理解する
IPO(上場)と一言でいっても、グロース市場への上場や、プロマーケットへの上場など様々あります。
また会社といっても、会社の規模やグループ会社が何社あるかなど様々です。
IPOもどこの市場を選択するか、会社の規模などにより難易度が異なります。
そのため、初めに自社を理解することが重要になります。
自社を理解するための主なチェックポイントは以下です。
(1)上場を目指す市場は?
IPO(上場)を目指す市場は、大きく以下に分類されます。
・プライム市場
・スタンダード市場
・グロース市場
・東京プロマーケット
・海外市場
※国内市場には名古屋証券取引所など他にもありますが、代表して東京証券取引所の市場のみ記載しています。
プライム市場、スタンダード市場、グロース市場、東京プロマーケット、すべて東京証券取引所の市場です。
IPO(上場)を目指す会社で、上場を目指す際に最も多いのは、グロース市場です。
グロース市場は、上場による資金調達が東京プロマーケットと比べてしやすく、また、上場基準もプライム市場、スタンダード市場と比べて緩和されています。
借入や社債など以外の手段での資金調達を実現するための上場の入口として選択されることが多いです。
東京プロマーケットは、上場による資金調達がグロース市場などと比べてしづらいデメリットがあります。
一方で、グロース市場などでは、上場における審査に主幹事証券による審査や東京証券取引所による審査が必要であり、期間も半年以上かかるなど審査に期間を要し、さらに審査が厳しいです。
東京プロマーケットの場合、東京証券取引所から委託をされたJ-Adviserによる審査が必要ですが、期間も3か月以上からと短く、審査自体も主幹事証券による審査や東京証券取引所による審査に比べると厳しくないです。
また、上場するまでにかかるコストと維持をするコストの面でも、東京プロマーケットの方がグロース市場などと比較して、1/5程度に抑えられるなどコスト面でもメリットがあります。
知名度・信用度の向上や人材の確保のためなどが上場目的の場合には、東京プロマーケットは有用な選択肢です。
(2)グループ会社はあるか?
IPOをする際には、1社だけでも上場基準を満たすことは大変です。グループ会社が複数ある場合には、グループ会社も上場基準を満たすことが必要なため、さらに大変になります。
グループ会社には、自社が1から設立した会社だけではなく、買収した会社も含まれます。そのため、上場準備を進める中で、新たに会社を買収した場合には、買収した会社でも上場基準が求められるため、上場基準に満たない場合にはスケジュールの後ろ倒しのリスケになることもあります。
上場を目指す際に、主幹事証券や監査法人から上場準備期間中に買収を実施しないように要望されることもあります。
グループ会社の数が同じIPOを目指す会社でも、会社規模が同じくらいの会社が複数ある場合と突出した会社が1社と小規模な会社の場合では上場準備の工数が異なります。また、新規性の高いビジネス(仮想通貨関連など)の場合には、過去事例などが少ないこともあり、上場準備における工数も増加します。
そのため、グループ会社を整理する際には、それぞれの会社の規模やビジネスなども整理することが重要です。
(3)選択する会計基準は?
会計基準は、一般的に以下の3つに分類されます。
・日本基準
・IFRS基準
・米国基準
一般的に日本の企業で採用されることが多いのが、日本基準です。その次に採用が多いのが、IFRS基準です。IFRS基準は、企業買収が多い会社において、のれんの減価償却費を回避するために採用されることが多いです。そのため、のれんの減価償却費を計上しない分、利益が出しやすいメリットがありますが、一方で、IFRS基準には、基準を適用する会社の解釈に委ねる部分が多いため、日本基準などと比べて判断要素が多くなる結果、判断工数等が多く、結果上場コストも増加します。
IFRS基準を適用して上場した会社の数は、多くなく、過去に実績のある監査法人の数は限られます。
主幹事証券によっては、IFRS基準を適用した会社が上場を目指す際には、担当監査法人の実績としてIFRS適用の会社のIPO実績があるかを見られることがあります。
そのため、自社が上場にあたってどの会計基準を選択するか、IFRSの場合には監査法人に実績があるかを確認することが重要です。
② 監査法人を理解する
監査法人の国内の数は約300弱あります。
監査法人は規模別に大きく、大手監査法人、準大手監査法人、中小監査法人に区分されます。
IPOを目指す際の、監査法人側の体制は大手監査法人・準大手監査法人と中小監査法人に大きく2分されます。
大手監査法人・準大手監査法人
大手監査法人・準大手監査法人の、IPOを目指す企業で多いメンバー構成は大まかに以下です。
①パートナー(監査経験15年以上)×2人
②マネージャー(監査経験10年以上)×1人
③インチャージ(監査経験3年以上)×1人
④スタッフ(監査経験1年目~)×2人
①パートナーは、監査責任者です。IPOを目指すにあたり、論点事項の最終判断を行うこと、監査の品質が維持されていることを最終確認することが主な業務です。自身で検討を行うことは基本的にないです。
一人あたりの関与クライアント数が多いなどのため、関与時間はそこまで多くなく、パートナーと接する機会は年間の監査の中でも限られています。
②マネージャーは、論点事項の整理を行ったり、監査の品質が維持されているかを確認すること、工数管理を行うことが主な業務です。自身で検討を行うことは基本的にはないですが、監査上特に重要な論点がある場合には、自ら検討を行います。
一人あたりの関与クライアント数が多いなどのため、関与時間はそこまで多くないですが、論点事項が生じた際には相対的に関与時間が高まります。
③インチャージは、監査現場における責任者です。現場作業の指示をスタッフに行ったり、主要な論点事項の検討を行います。監査における相談などの1stコミュニケーション対象は、インチャージになることが多いです。
関与時間数は最も多くなり、監査の質はインチャージに左右されることが多いです。
④スタッフは、インチャージの指示のもと、監査を行うメンバーです。監査のための資料のやり取りや会計数値確認のためのコミュニケーションを取ることが多いです。
関与時間数はインチャージの次に多くなります。監査経験の浅いメンバーが多いため、OJTの実施によりチーム力の向上が行われています。
大手監査法人・準大手監査法人では、パートナーからスタッフまで常勤であることが多いです。最近ではリモートで監査を行うことも増えています。
稼働時間は、監査の質を高い水準で維持するためにも遅くまで作業を行っていることが多いです。
開示書類をチェックするための体制が整っていることが多く、外部の開示書類をチェックする際に有用なサービスを全員に権限付与していたり、独自の開示チェック書類を持っているなどの体制が構築されていることが多いです。
中小監査法人
中小監査法人の、IPOを目指す企業で多いメンバー構成は大まかに以下です。
①パートナー(監査経験15年以上)×2人
②インチャージ(監査経験10年以上)×1人
③スタッフ(監査経験5年以上)×3人
①パートナーの大手監査法人・準大手監査法人との違いは、自身で重要な論点事項の検討を行うことがあります。
現場へ往査することも多いため、パートナーと接する機会も大手監査法人・準大手監査法人と比べて多くなります。
②インチャージ、マネージャーの大手監査法人・準大手監査法人との違いは、監査経験です。中小監査法人は、大手監査法人・準大手監査法人から転職してきたものが多いです。そのため、スタッフも監査経験が豊富なメンバーが多いです。
また、現場往査を基本とする監査法人と多いため、パートナーと同様に接する機会も大手監査法人・準大手監査法人と比べて多くなります。
③ 監査法人を選ぶ
監査法人の選び方として、色々な観点がありますが、以下3つの場合には大手監査法人、準大手監査法人の中で選択することがいいと考えられますので、まずは大手監査法人、準大手監査法人の中から選択した方がいい場合です。
(1)選択する会計基準はIFRS・米国会計基準?
・IFRS・米国基準⇒大手監査法人or準大手監査法人
・日本基準⇒どこの監査法人でも可能
IFRS、米国基準を選択する場合、監査法人側もIFRS、米国基準に精通したメンバーで対応することが必要となります。プライム、スタンダード、グロース市場に上場するにあたり、主幹事証券に業務依頼を行いますが、主幹事証券より、IFRS、米国基準適用の上場企業の監査を行っていることや監査法人の関与クライアントの中で、IFRS、米国基準を適用した会社でIPOをした会社があるかを確認されることがあります。
そのため、IFRS・米国基準を採用する場合には、大手監査法人・準大手監査法人を選択することが望ましいです。
(2)グループ会社の会社数が10社以上?
・10社以上⇒大手監査法人or準大手監査法人
・10社未満⇒どこの監査法人でも可能
グループ会社が多くなると、その分監査を実施する範囲が多くなると考えられます。中小監査法人は、人数も限られることがあるため、広い監査範囲のためのリソースが不足する可能性があります。そのため、グループ会社数が多い場合には、大手監査法人or準大手監査法人が望ましいです。なお、10社以上というのは、あくまでも目安であり、それ以上のグループ会社数でも対応可能な中小監査法人はあります。
(3)リモートによる監査希望?
・リモート監査希望あり⇒大手監査法人or準大手監査法人
・リモート監査希望なし⇒どこの監査法人でも可能
コロナ環境以降では、リモートワークが進んでいる会社も多くあります。その中で、監査法人の監査のために出社するというのは、リモートワーク環境が進んだ会社では困難なことがあります。中小監査法人では、直接の会社とのコミュニケーションを重視していること、業務委託の公認会計士が多いため、現場によるコントロールを行うためにリモートを実施しない監査法人も多いです。そのため、リモート監査を希望の場合には、大手監査法人or準大手監査法人が良いと考えられます。なお、完全にリモートでの監査は難しいと考えられますので、あくまでも、何日間かはリモートによる監査も可能程度の温度感の認識です。
上記3つの場合に該当しない場合には、どこの監査法人を選択しても良いと考えられます。
IPOを成し遂げた会社の監査法人は、大手監査法人・準大手監査法人が多いですが、これはIPOを目指す企業の担当者数が多いことと、IPOの達成確度の高い会社を大手監査法人・準大手監査法人が担当していることが多いためです。
どこの監査法人だと上場しやすいとかは基本的にないと考えられます。
監査法人側は立場上会計書類を作成することができないため、上場するためには企業側の努力が重要となります。
そのために、監査法人と適時にコミュニケーションを取り、監査法人側からの要求を反映するための体制構築が重要です。
コミュニケーションとして年齢が近い方が取りやすい場合に、企業側で、20代や30代前半が多い場合は、大手監査法人・準大手監査法人の方が同じ年齢層が多いため、気軽にコミュニケーションが取りやすいと思います。
逆に、監査法人側の決裁権限者と直接最初からコミュニケーションを取りたい場合には、中小監査法人の方がパートナーが現場に往査していたり、直接の相談窓口となっていることが多いため、コミュニケーションが取りやすいと思います。
また、監査コスト面も選択において重要だと思います。
大手監査法人・準大手監査法人では、それぞれ監査のためのツールを持っていたり、常に開発を行っています。
監査ツールは、プライム市場に上場している企業の監査の品質を確保するためにも利用されるものであるため、グロース市場やプロマーケットを目指す企業にとってはオーバーな内容だったりすることがありますが、均一の水準が求められることから工数はその分多くなります。また、監査のIT化を進めるためにAI開発などを行っています。
その分の増加工数や開発コストが加わる分、大手監査法人・準大手監査法人の監査報酬は高くなります。
そのため、自身が目指す市場や監査法人に求めるコミュニケーションと監査報酬を天秤にかけて、監査法人選びをすると自身にあった監査法人を選択することができると考えられます。
(参考)筆者が監査法人を選ぶとしたら?
自身が仮に監査法人を選ぶとなった場合は、大まかに以下の形で監査法人選ぶと考えられます。
(1)~(3)の大手監査法人・準大手監査法人の要件に該当する場合には、
まず大手監査法人4つに連絡を行い、監査契約が出来そうな監査法人を選びます。
大手監査法人と契約が難しい場合に、準大手監査法人に順に連絡を行い、監査契約が出来そうな監査法人を選びます。
(1)~(3)の大手監査法人・準大手監査法人の要件に該当しない場合には、中小監査法人から監査法人を選びます。
選ぶ際には、複数の監査法人に連絡の上、往査するのかリモートなのか、コミュニケーションを主に取るのは誰になるのか、監査報酬はおおよそいくらになるのかなどを確認した上で、監査法人を選びます。
個人的に最も重視するのは、コミュニケーションを主に取るのは誰かです。
会社経営の中で、トピックとなることが月次や四半期などで生じると考えられます。その際に、相談する相手が、若手人材で最終決裁権限者でない場合には、結論が出るまでに時間を要する可能性があります。また、若手人材が結論を出したものを回答で得た結果、事後的にひっくり返しがある可能性もあります。そのために出来るだけ、パートナーと直接コミュニケーションを取りたいと考えるため、監査法人側の決裁権限者であるパートナーとのコミュニケーションを取ることが出来るかを重視します。
監査法人選びで迷った時の一助となれば幸いです。